AIが、人間の数学者より速く新しいアイデアを出しはじめた。それなら数学者はもういらないのか。暗号研究の第一人者アミット・サハイは9月24日、世界的な数学者テレンス・タオのブログに寄稿し、答えは逆だと書いた。題は「数学者がもっとたくさん必要になる」。
AIはもう美しいアイデアを出している
サハイは米UCLAの計算機科学の教授で、ソフトウェアの中に秘密を隠す暗号の技術を研究してきた。
そのサハイが寄稿でこう書く。「私が一緒に仕事をしてきたAIは、すでに新しく、美しいアイデアを生み出している」。見事な計算をこなすだけではない。優秀な研究者ならすでにわかっている論証を、速くなぞるだけでもないという。
サハイは、これからはどの数学者も、AIが新しいアイデアを出す速さに「ついていけない」と感じるようになると書く。いま研究を続けている数学者の多くは、学生のころに周りの速さについていけないと感じることがほとんどなかったか、感じても努力で乗り越えてきた人だ。数学者はいま、そうした人たちも含めて、謙虚さを求められる時代に入りつつあるという。
AIが核融合発電所を設計したら
では、AIに任せておけばいいのか。サハイが答えのかわりに示すのは、ひとつの思考実験だ。
将来のAIが、1テラワットの核融合発電所のまったく新しい設計を出してきたとする。その設計どおりに建てた発電所は、人間が誰も思いつかなかった方法で核融合を保ち、制御する。安くてクリーンな電気が、いくらでも手に入る設計だ。部品を作るロボットも、建設するロボットも準備ができている。
1テラワットは、とてつもない電力だ。人間は、前例のない原理で途方もないエネルギーを扱う発電所を、建てるかどうか決めることになる。故障したとき、被害の広がりをどう食い止めるのか。止めたとき、中にたまったエネルギーはどうなるのか。材料は想定どおりの反応をするのか。新しいからこそ、似た発電所を何十年も動かしてきた経験に頼ることもできない。
サハイは、建設を認める前に、人間が集まって、なぜその設計がうまくいくのか、なぜ安全だと信じてよいのかを理解してほしいと書く。
理解できる人を「予備役」に
サハイは、人間が手を出せば判断がよくなるとは限らないことも認めている。AIのほうが確実にこなせる作業を、わざわざ人間がやり直す必要もない。ただ、どんな定理も、ある前提のもとでしか成り立たない。その前提が現実とどれだけ合っているかを理解するのは、数学のわかる人間の仕事だという。
AIに建設まで決めさせればいい、という考え方もある。サハイはそれも真剣に考えるべき意見だと認めたうえで、こう書く。それは、どの人間も理由を理解していない決定を、社会が受け入れていく未来だ、と。建設を認めるかどうかを話しあう公聴会で、技術を理解できるのがその技術を提案した会社の専門家だけ、という事態も避けたいという。
そこでサハイは、数学のわかる人たちを集め、社会が必要なときに呼べる「予備役」のように備えておくことを提案する。AIによる大きな発見を、研究グループが1学期や1年をかけ、AIの手も借りながら理解する。これからの数学では、これがとりわけ大切な仕事のひとつになる。そのためには、数学のわかる人がいまよりずっと多く必要になる。
AIで一人ひとりの力が上がれば人数は少なくて済む、という反論にも、サハイは答えている。人間には生身の限界がある。深く理解するには時間がかかるし、人間には無理なく暮らしていけるペースもある。一人でできることには限りがあっても、力を合わせればもっと多くのことができるという。
あきらめた同級生たち
サハイは寄稿の冒頭で、学生時代の同級生たちを思い出している。一流の学生が新しい概念をのみ込む速さについていけず、自分はもっと時間がかかると感じていた学生たちだ。理解する力はあった。それでも、そのほとんどが数学の研究をあきらめ、別の道に進んだ。
AIが人間よりずっと速く進むのを見て、同じようにあきらめる数学者が出てくるかもしれない。サハイは寄稿を書くまでの数日、あの同級生たちのことをよく考えていたという。
これからの数学者は、AIが出した答えを前に、仲間と問いを出しあい、説明しあい、時間をかけて自分たちのものにしていく。理解するまでの苦労を、一人で背負わなくていい。サハイはそう書き、寄稿を「数学者がもっとたくさん必要になる」という一文で締めている。
出典
- We’re gonna need a lot more mathematicians(Amit Sahai、Terence Tao「What’s new」への寄稿、2026年9月24日)